十字架を背負った6人
さて三島屋シリーズ六之続の後編、黒武御神火御殿の感想です。
「絶海の孤島ミステリ」とか「嵐の山荘ミステリ」とかって閉ざされた空間に集められた男女が、落ち武者とかのいにしえの呪いにちなんだ見立てにより1人ずつ殺されるものの、解決してみれば呪いでもなんでもなく現代人による財産狙いとか復讐話だったりしますが、この黒武御神火御殿はいわばそのいにしえの言い伝えの方の話です。
だからほんとに黒武者の呪いであり、ちょっとネタバレしますが集められた6人は本当に黒武者の勝手な断罪で集められた6人です。
金田一少年「犯人はこの中にいません!」
とにかく、まず語り手が黒白の間に来る前段階が「充分に長くて面白い」わけです。
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あらためてあらすじ【黒武御神火御殿】
三島屋に質流れ品を卸す馴染みの質屋がやってきた。
質屋「うちの中年の女中が『百物語を集めてる三島屋さんに、この印半天見て貰ってください』ということで持ってきました」
富次郎「(これは百物語に対する挑戦だ。『解けるものなら解いてみろ』と、いいじゃないか。受けて立つよ)」
さてその印半天であるが、襟に「黒武」と屋号が入り、背中に四角でかこった十の字がある。四角より十の字が突き出ているので田ではない。裏地の背中部分に当て布があり、はがして見ると意味を成さないひらがなの羅列がある。暗号なのか符丁なのか、三島屋のメンバーでは判断がつかない。こうなると知り合いの博識男に聞くしかない。富次郎は印半天をかかげて瓢箪古堂・勘一のところへ。
出迎えのおちかは人妻オーラで以前より器量があがっている。
(第1期主人公カメオ出演サービス)
挨拶もそこそこにひろげた印半天に対する勘一の見立ては、
勘一 「危険な品です。当て布のひらがなは耶蘇教(キリスト経。江戸時代のほぼ全年代で幕府禁制)にかかわる文言です」
江戸時代にそんなものを所持しているだけで、お店は闕所、伊兵衛さんは軽くて遠島、普通に死罪。一気に腰が引けた富次郎は気づかぬふりで印半天を返す決意。質屋に使いに出した丁稚に様子を聞くと、その女中は笑いながら『取りに伺います』とのこと。
おのれ幕府ご禁制の物を寄越して説明もせずに鼻で笑って取りに来るだと!
よし待ってやる、どんな奴が来るんだ。
しかし待てど暮らせど女中は訪ねてこない。
じりじりしていると口入屋が来訪。
口入屋「札差の三男殿が50両払うから待ちの順番を抜かして変わり百物語に見合う話をしたいとのこと。どうしますかな?」
富次郎「(いや、今そんな気分じゃ…)」
口入屋「なんでも話の内容は今三島屋さんが預かってる印半天にかかわることだと」
絶対絶命富次郎「(ああ…わたしはもう罠にハマってる。おちか教えてくれ、こんなときどうしたらいいんだ。決断できない…)」
悩んだ富次郎は自身の好奇心に負けて、札差の三男とやらを黒白の間に招くことにした。
三島屋に駕籠で乗り付けたその男を見ると顔や首筋に大きなやけど。三十路半ばらしいが髪は大半が白い。手足の指がいくつか焼け焦げたように欠損しており、歩くのも困難な様子。だから駕籠で来た。黒白の間で相対して発する言葉は喉がつぶれたかのようなしわがれ声だ。
かれこれ10年ほど前の話… 梅屋甚三郎と名乗るその男は、博打狂いであった。親の金を湯水のように使い、限界が来たので新たな金の無心先にと知人を頼みに目白方面を歩いているうち霞にまかれ、気が付くと大きな屋敷の前にいた。
甚三郎と同じように行商中やお使い最中などに迷ってたどりついた6人の男女。
・梅屋 甚三郎
・質屋の女中 お秋
・船大工の老人 亥之助
・薬屋の手代 正吉
・隠居した地主の妻 おしげ
・馬乗袴姿の侍 堀口金右衛門
迷路のように日々形が変化する屋敷を探索する6人は人数分の印半天を見つける。
背中に十と染め抜いてある。
屋敷の主はこれを着ろとでも言いたいのか、真意はわからない。
やがて甚三郎の脳内に声が響いた。
「悔い改めよ…そなたらの罪を告白せい…」
十字架を背負わされた6人の男女は無事この屋敷を脱出できるのか?
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あらすじ長いですな。これ以上端折るともう「アンタ何言ってんの」ってなる限界ギリギリですw
作中の人たちは、そりゃ江戸時代の人たちなので「テレポート」とか「謎の主催者が支配するデスゲーム」とか理解しようもなく右往左往しますが、ファンタジーとか脱出ゲーム系サスペンスとかに明るい我ら現代の読者からすると、ある程度劇中人物より先の展開が予想できて、それゆえに読んでて手に汗握って面白いところです。
屋敷の奥部に二百畳の大広間があり、そこに49枚の襖、その襖に描かれた巨大な火山の絵。それがプロジェクションマッピングのように動き、実際に小噴火をするたび溶岩がこちらに飛び散ってくるなど、理解が追い付いてない甚三郎達よりも先んじて
「ああ、これ早くどうにかしないと溶岩流に飲まれるな」
と、心配がつのります。堀口様というお侍が6人目として囚われるまでの5人はいわゆる町人ばかり。屋敷で起こる出来事に何一つ理解が及びませんが、地元九州から江戸勤めに来ているお侍さんはさすがに色んなことに詳しく、また他の5人を良く統率してくれて、ようやく迎撃態勢が整うわけで、読んでて盛り上がってくるところです。
そしてメタ的には(九州から来たということは隠れキリシタンを弾圧したあの地方の人なんだな、そして黒い武者は間違いなくかつてキリシタンで、島流しにされ恨みを持って死んで亡者となり、仇敵として堀口様は屋敷に囚われたんだな)と理解できますが、劇中人物ではいち早く事態を理解して黒い武者と刺し違えようとしている堀口様以外はまったく理解できてない。
そしてやはりメタ的な面白さとして、おかしな屋敷に囚われた6人のうち、富次郎にかかわってきているのは質屋の女中と甚三郎の2人だけ。あとの4人はいったいどうなってしまったのか?とにかくページをめくるのももどかしいスピード感のある恐怖話です。
甚三郎とお秋が共謀して富次郎をハメて語りに来たかに見えますが、実際のところ助かった2人も熱や煙に内臓をやられ、どうにか10年生きてきたが、いよいよ死期が近づいたと思える。こんなひどい目にあった人たちがいることを知ってほしい。その一念のみで甚三郎は語りに来た。あげく語り終えた疲労で意識を失って一晩三島屋で床に就き、明朝梅屋からの迎えで吊り板に乗せられ満身創痍で帰っていく無惨さ。富次郎との間に芽生えた友情もむなしく、語りに来て半月もしないうち甚三郎が亡くなったと梅屋から使いが来る。
後日、富次郎は質屋の女中お秋を黒白の間に「あなたの話も聞かせてください」と招く。半天を返そうとした三島屋をお秋が笑ったのは何故か?そのあと慌てるように50両も口入屋に払って甚三郎がやってきたのは何故か?そのあたりを語り、この巨大な話を締めくくる。
お秋と富次郎の短いやり取りが、このお話の一番の肝であり、博打狂いではあるが、サイコロを転がして狙った目が出せたときは自分が神様だと思えた甚三郎の矜持がうかがえ、そここそが一神教を信望するかつては人間だった黒い武者の逡巡のすき間だったのかなと。どんなことがあっても絶対に屋敷から逃げ出すと信じていた甚三郎がいなかったら多分全員あの屋敷で死んでいただろうなと。俗っぽい言い方ですが、甚三郎には博打の神様が着いていたから逃げ切れたんだろうと、個人的にはそういう感想です。
(なお博打…というかサイコロの神様は八之続「賽子と虻」で出てきます。さすが八百万の神々がいる国、日本)
定期的に読み返したくなる良い小説でした。
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