蛻る者の歌
ある日のことでございます。
夜道を家路に急いでいると、路上の草株に足を取られもがく蝉の子に行きあたりました。何年も地中で過ごし、地上に出てきてこれからというのになんと不運なことか。不憫に思い、手に取るとまだまだ元気な様子。ここで会ったのも何かの縁と、蝉三郎と名付け、近くの木の幹にそっと這わせました。蝉の子はこちらを振り返ることもなく木を登っていきました。
そんな出来事も忘れていたある夜。
夕げを済ませ、傍らの書物を読んでいると、静かに戸を叩く音が。
出てみるとそこには旅姿の若い男が立っております。肌の色は褐色で手足は細く長く、目は黒曜石のように黒く大きい。
「遠い地からやってまいった旅の吟遊詩人でございます。一夜の宿を所望いたしとう存じます」
「おおこれはこれは遠いところよう来なすった。何の気散じもないところじゃが、あがりなせえ」
男は夕げのすすめを断り少しの水を飲むと、荷を解き、中から異国情緒ある竪琴のような物を取り出しました。
「一夜の御礼に、歌を歌います」
家人は皆、邪魔をせぬよう静かに見守りました。男は大きく息を吸い込むと、
「ミーーーーーン
ミンミンミーーーン!」
(あのときの蝉三郎でございますーーーー!)
「ミーーーーーーン!」
(こんなに立派になりましたーーーーー!)
「余所に行ってくれーーーー!」
どっとはらい
☆☆☆
昔話って基本「めでたしめでたし」ですが、たまに「特に悪いことをしていない主人公がひどい目にあう話(後味悪い系)」がありますね。嫌いではないです。いやむしろめでたしめでたしよりは好きかもしれません。上記くらいなら「まあ蝉が元気そうでよかったじゃないですか」と言えますが、そんな私でもさすがに「吉作落とし」は擁護できませんな。
最近の夜の公園うるさすぎ(平和)。
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