« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »

2019年9月の2件の記事

2019年9月 5日 (木)

続・Nコン小説

↑厳密にいうとNHKという名称じゃない架空の公共放送なのでNコン小説ではないですが。

湊かなえさんの「ブロードキャスト」を読みました。

Zm190830
これも、ずっと前から「受験が終わったら読もう」と思ってた一冊でした。この本もあまりボリューム無いので、一晩でサクサクっと読める感じ。

あらすじ【ブロードキャスト】
中学の陸上部・駅伝選手だった町田君は、陸上部が強い青海学院高校に進むことにしたが、合格発表の日、交通事故にあい「はげしい運動はできないかも」状態。
陸上部を諦め、何のためにこの学校に来たか目的を見いだせない中、声をかけられるまで知らなかった同じ中学出身の宮本君(脚本家志望)に強引に誘われて、なし崩し的に放送部に入部。「ちょっと困った存在の3年生先輩」、「ガチ勢の2年生先輩」に揉まれ、ラジオドラマ部門で全国高校放送コンテスト優勝を目指す。

この小説の存在は、先に坊っちゃんに教えてもらってました。部活内では必読の書であるとか。そらそうでしょうよ。
内容に関して、坊っちゃんの活動を3年間見てきた私には、ありとあらゆる細かい描写、大会のあれこれがわかるのですが、知らない人はこれ、難しい内容なんじゃないかなあ。
群像劇ですが、登場人物が意識的にアイコン化されてるのは読みやすくて良いと思います。

1年生:陸上部崩れ・町田(実はイケボ)。脚本家志望・宮本。宮本が強引に引き入れたアニオタ女子・久米ちゃん。
2年生:物言いがキツイ委員長先輩(女子・本名白井)。女子アナのような女子アナ先輩(本名ミドリ)。色黒でガタイの良いラグビー先輩(男子)。もめがちな3年との調整役の秀才先輩(男子)。
3年生:部長の月村先輩から順に火曜日先輩~金曜日先輩までの女子5人。

にしても、

じめっとしてますねえ。ま、主人公町田君が「夢をあきらめた青年」なので、そうならざるを得ないですが、町田君が中学の時あこがれてた陸上同級生が、輪をかけてじめっとした男で、読んでて陰鬱な気持ちになります。「無意識の悪」ってこういうのを言うんだろうなあ。それに比べて町田君を強引に放送部にひきずりこむ宮本君が、陽性で、ポジティブで、前向きで(全部同じw)へこたれず、(大きい声で言えませんが)何かといえばうじうじして悲劇にひたる3年生先輩5人や、正統派・上にも下にも一定の厳しさを持ちしかも技術力も高い2年生先輩4人にも、負けずに意見して取り入れられる姿勢は読んでて爽快ですらあります。ひきずられて町田君も少しずついいところ出てきます。

これを読む直前に、「問題を抱えながらも明るくはじける中学生君たちの小説『くちびるに歌を』」を読んでたので、よけいに落差を感じるのかもしれない。

全国大会出場作品として3年生集団がモタモタとテレビドラマ部門を作ってる最中に、2年生先輩たちは独自にラジオドキュメント部門とテレビドキュメント部門の両作品を完成させており、
委員長先輩「そちらの受け持ちのラジオドラマ、間に合うんですか」
月村部長「ラジオドラマはいいかなって」
あきれる2年生たち・・・からの

1年生宮本「脚本、書いてきていいっすか」

意外といいの書いてきた。

ラグビー先輩「これ、俺らも噛んでいいの?」
委員長先輩「ちょっと!」
秀才先輩「まあそうけんか腰にならずとも。この○○の役、おまえ向きじゃん。リポーター役はミドリ」
女子アナ先輩「え、わたしこの役やっていいの?(ノリノリ)」
委員長先輩「・・・」

と、宮本君の作品の出来を早い段階で認めて、興味を示す2年生先輩が素晴らしい。
1年生と2年生の関係性だけでも、この小説読んでて救いの部分です。
ただ、ここからこのラジドラ作品が県大会突破して全国に行ける!ってなってからの・・・

全国に行けるのは各校5名まで。

3年生5名「やった東京だ!」と、最後の年だし当然全員行けるという空気を出してる。

あきれ返っておつりがくるほどの2年生先輩。

3年生たちがいいのよいいのよ私たち・・と、じめっとした空気を出してきたところで、
2年生秀才先輩「脚本書いた宮本とドラマの主演町田、助演久米は行かせてあげたらどうですか?残り2枠は3年生皆さんでクジ引きでもすればいいでしょ。残る3年生が多ければギクシャクもしないし」

さすが秀才先輩、イケメンすぎる。

で結局5人そろって東京に行く3年生軍団ひどすぎる(笑)。

いろいろあって小説終盤でまた「町田君が中学のときあこがれてた陸上同級生」が出てくるんですが、彼が出てきたあたりでまたドス黒い空気を出してくるわけですよ。悪気はないんでしょうけど。

当初から「なぜだろう?」とモヤモヤしながら読んでたんですが、作者が湊さんなんで、そう考えたら悪意のない悪意、善意のつもりの悪意とか、少年同士の心のすれ違いとか、そういうの上手いですよね。そう考えて納得。

青春小説と思って読むから違和感があるんだなと。

というわけで、中くらいに面白い小説でした。ただ、放送部顧問なのに先生が空気オブ空気なのは納得がいかない。顧問の先生は絶対大事でしょ。坊っちゃんとこの顧問を知ってるだけに、あの空気感は無い。
あー、先生が空気だから3年生はあんななんだ。2年生がツブ揃いにデキるやつらなのは奇跡なのか。

いろいろ批判めいたこと書いてますが、素材としては非常に強力なお話だと思います。
短編に毛が生えたような小説じゃなく、上・下巻のド長編だったら、もっとハネたかもしれない。

そういう余韻を残した終わり方です。

今回の小説自体を上巻にして、続く下巻として現2年生が3年生に、現1年が2年になった話で全国を目指せば、これは盛り上がります。
・2年委員長先輩部長のもと、昨年の反省を生かしてテレビドキュメント、ラジオドキュメント部門のリベンジ
・女子アナ先輩のアナウンス部門リベンジ
・アニオタ久米ちゃんの朗読部門初チャレンジ
・宮本脚本でテレビドラマ、ラジオドラマ部門制覇。イケボの町田も吠える。
・トリッキーで問題起こしがちな1年生加入

どうですか、この下巻、面白そう!

でも湊さんの作風じゃないか^^

| | | コメント (2)

2019年9月 1日 (日)

Nコン小説


中田永一さん(乙一さんの別名)の「くちびるに歌を」を読みました。

Zm190828


何年か前に新垣さんで映画化されてて、DVDを借りてきても、見るヒマなく返却ということばかりやってたので、この受験の終わったタイミングで小説の方を読んでみました。ボリューム的には短編と中編の間くらいなので、サッと読めるのが良いところ。

良い小説でした。そして新垣さんの役どころである柏木先生は、なかなかの脇役ですな。映画見てないんでなんとも言えないですが、映画CMを見る限りでは主役っぽかったので、そこは意外な発見。じゃあ主役は誰なのかと・・・

あらすじ【くちびるに歌を】
長崎県五島列島の中学に、産休の松山先生にかわりその友人柏木先生(教員免許を持ってるだけで先生としては素人)が臨時教師として東京からやってきた。松山先生が顧問だった合唱部の指導も引き継ぐ柏木先生だが、今一つ身がはいらない。それまで合唱部は女子しかいなかったが、美人の柏木先生目当てに「不真面目男・ケイスケ」、「柔道部掛け持ち・リク」、「親戚の工場で働く自閉症の兄の送り迎えをしなければいけないので部活などもってのほかだが合唱部に荷物を運ばされた際、密かに心を寄せる美少女コトミ(ソプラノ)に『入部するの』と声をかけられなし崩し的に入部するぼっちのプロ桑原サトル」他数名の男子が入部する。NHK全国学校音楽コンクール長崎県大会出場にあたり、低レベル男子も加わえた混声合唱で出るのか、実力者だけの女声合唱で出るのか、元からいるナズナ率いる混声反対派女子VSケイスケら適当新入男子(と男子に色めきたつ一部女子)という抗争になるが、やる気ないはずの柏木先生の「どうせなら、全員でやりましょ」の一言で、混声合唱で挑むことになる。「まあいろいろなこと」を経て合唱部はひとつのよりあわさった声となり、課題曲・手紙(byアンジェラ・アキ)以外に「柏木先生がとある事情で作っていた未完成曲にナズナサトルで歌詞をつけた自由曲」も完成し、いざ長崎へ。しかし大会当日、松山先生が母子ともに危険な状態と知らされた合唱部員たちは・・・


もーーーーーー心持っていかれるわーーー。言いたいこといっぱいあって、いつになくあらずじ長いわーー。こんなの夜中にイッキに読んでしまうわー。

☆失踪父親がドクズなせいで男嫌いのナズナと、幼馴染の不真面目男ケイスケのつかず離れず感
☆サトルの隣の席のいかつい岩山のような柔道部リクが意外とクレバーでサトルに見せる優しさ感
☆1年のときサトルの後ろの席だった、学校の誰もが認める美少女コトミが実は闇を抱えてる感
☆そのコトミの、サトルを巻き込んだ危険な行動と縮まる距離感
☆ナズナがまだ小さかったころ彼女が落とした飴玉を拾って食べた言葉が通じない少年。そのとき母親はなんといってなぐさめてくれたかその言葉が思い出せない
☆サトルの兄(自閉症)は一度聞いた会話を忘れないという物語のかなめを握ってる感
☆中学生たちに比べ、空気感ハンパない柏木先生のぶっきらぼう感

すべてが小説の終わりにむけて収束していく様の美しさよ青春小説。


主役がナズナちゃんなのかサトル君なのかを考えますが、まあでも合唱部全員が主役だろうなあ。全員でひとつの歌になるというのがテーマでもあるし。
産気づいて母子ともに危険な松山先生のための不真面目男ケイスケの行動も素晴らしいしなあ。だから柏木先生まで濃いキャラじゃなくてもいいんや。大人は主役じゃないんや。
なおここまで読んできた皆さんには、かなりウェットな泣かせ小説のように見えると思いますが、ちょいちょい入るサトル君の独白などは「フフッ」と笑いが出るくらい、ウィットに富んでます。独白内で自嘲的に自分のことを話すとき「ぼっちのプロ」「学校生活でぼっちの才能を開花させた」「当時からぼっちの才能をにじませていたエリートぼっちの僕は」「ぼっちの求道者である僕は」「ぼっちの一級免許取得者の僕は」等々、彼の自虐は七色である。それでいてジメジメしてないし、文体がほのぼのしている。
「兄が自閉症で両親がいなくなった将来、誰かが面倒をみなきゃならないから僕は生まれてきたんだ。他の家庭の子たちのように愛情で生まれたわけじゃない。僕は計算で生まれてきたんだ。でもそれでいいんだ。兄がいなければ僕はこの世に生まれなかった」
という独白は、この文章だけ見るとなんと後ろ向きかと誤解されがちですが、むしろ前向き感にあふれ、読んでて暖かい気持ちになります。逆にナズナちゃんの独白はスピード感のある毒舌で、サトル君のパートと交互に出てくることで良いリズムになってます。ともに生い立ちのせいもあり、全編まあまあネガティブな文章のはずなのに読んでてシンドイどころかページをめくる手がもどかしいほど、ほほえましく楽しい。

骨太な小説でした。
やっぱり映画も見てみよう。

 

そして私は今からもうひとつのNコン小説「ブロードキャスト」を読むのでした。

| | | コメント (0)

« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »