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2010年9月11日 (土)

限りなく遺書に近いと感じました

今日は完全に個人的な日記。人に読ませるレベルのものでは無いかもしれません。
客観的に見て「お前、何様のつもりだ」みたいなことを書いてるかもしれませんが、この限られたスペースでの精確な説明はおそらく不可能ですのではしょります。ご容赦ください。

もう長く入院生活をしている嫁さんの母方のおばあさんに、嫁さんとふたり、会いに行ってきました。

嫁:もちろん健在
嫁父:健在。他県在住。自身の両親健在。
嫁母:故人
嫁祖父:故人
染祖母:入院中。自力で動くのは困難。

私の祖父母:父方母方皆、故人

今週頭くらい、あぶない時期があったのですが、持ち直したそうで、嫁父さんから呼ばれてお見舞いに(今のうちに会っておきなさいという意味合い)。

おばあさん、小さくなってました。凛とした昔の女というイメージの女性でしたが、ずいぶん弱ってました。
体が動かないだけで、意識ははっきりしているというのはある意味で残酷です。独善的で失礼な言い方ですが、自我が消えてしまったほうがいっそ楽なのではと思わなくもない。

泣きながら嫁さんの手を握り、「一番会いたかった」とずっと繰り返していました。
しかしそれは本当のことではない。本当に会いたいのは自分より遥かに先に若くして死んでしまった実の娘のはず。次に会いたいのが嫁さんであろう。

ベッドの脇の卓上カレンダーがメモがわりにされていました。ノートひとつ自由に買いにいけない、行き届かない状況。震える筆で色々なことが雑多に書いてありました。

カルシウム、タオル、腕時計は○○に・・・

雑多な書き飛ばしです。そんな中「津和野町(祖母の故郷)の千代紙が欲しい」と書いてありました。もちろん故郷の景色をもう見ることは無いと思います。自身、それがわかっているからこそ、故郷の匂いを思わせるものが欲しいのかもしれません。

「あとのことは嫁父さんにおねがいします」とも書いてありました。
元気だったころ、あまり仲の良くなかった間柄のふたりですが、今一番身近で世話をしてくれるのはそのひとしかいない。

嫁さんの名前も書いてありました。現世では一番会いたい人なのは間違いないんでしょうね。

私の名前も書いてありました。

ありがとうございます。気にかけてもらえてるなんて、思ってませんでした。なるべく、嫁さんを連れて来れるように致します。まだ長生きしてください。

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雑記2010」カテゴリの記事

コメント

読ませていただきました。
>ベッドの脇の卓上カレンダーがメモがわりにされていました。ノートひとつ自由に買いにいけない、
うちの祖父も、書き留めたいことを綴るペンさえも手元においてあげることができない状況で、病状でしかたなかったのですが、しばらくは食事も満足にあたえられず、一日に医療用の栄養ジュース(ブリックパックのような紙製の200mlほどの)を1本しか口にいれられず、電話をしたくてもお金がなくて…。と泣きつかれて、どうしてあげることもできずにただ涙をのんでいました。
>行き届かない状況。
実質沢山の患者様の中の一人の患者(私の家族)のためだけに時間をさけないとゆうのはわかりますが、もう少しなんとかならないのものなのかと私も思いました。
>「津和野町(祖母の故郷)の千代紙が欲しい」
ほしい物を明確に言ってくれているのはとても助かりますね。買いに行ってあげる親孝行ができますから。うちはそうゆう要望がないので、なにがしてあげられるか?と毎日試行錯誤です。
>まだ長生きしてください。
本当に同感です。
>客観的に見て「お前、何様のつもりだ」
コメントを書きながら自分自身もそうなのかなと思います。でも人は何かあったときに、涙をながす。でも、それでも足りないときは気持ちを言葉にする。と何かで見ました。それで良いんだと思います。これからも私はそうしてゆきます。

投稿: にふてい | 2010年9月12日 (日) 02時04分

にふていさんコメントありがとうございます。
人皆、多かれ少なかれ、自分の思い描いた通りに歩めない生き物なのですが、晩年に来て自分の今までを悔いることが無いよう、今自分の周りにいる人たちを大事に生きて行きたいと思いました。
今回はそう思いました。

投稿: 早瀬五郎 | 2010年9月12日 (日) 15時25分

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