本当に誰もいなくなる物語
アガサ・クリスティーさんの小説について、読んだはしから感想を書き綴っているのですが、実は1個感想を抜かしているものがあります。それは「そして誰もいなくなった」です。
当ブログを始める少し前に読んだので、ブログに感想を書くタイミングを逃したといえばそれまでなのですが、実はこの小説、
「何をどう書いてもネタバレにつながり書きにくい」
というのが今まで感想を書かずにきた本当の理由です。
でも、あえてそれを書いてみるわけですよ。
以下、なるべくネタバレに関しては伏せて慎重に書きますが、少しの事前情報も入れたくない人は読まないほうが良いかもしれません。
読むつもりはこれまでも今後もないけど、どんな内容かを知って損はないかとか、読むにあたり多少の情報は仕入れておくかとか、元来ネタバレ全然OKなどという人だけお読みください。
この物語の10人の登場人物は、「自信に満ちた青年」、「女料理人」、「退役軍人」、「執事」、「老婦人」、「法律家」、「医師」、「身分を偽って潜入した私立探偵」、「胆力ある冒険家」、「若い女教師」と、クリスティー小説に度々登場するキャラクター造形の集大成で、「豪華なオールスター映画」という趣きがあります。ここに「休暇で旅行中の女優」とか入れると完璧ですね。そのまま「オリエント急行の殺人」にスライドできますよ。
そんな豪華なオールスターの10人が次々と・・・
あらすじ【そして誰もいなくなった】
面識もなく地位や職業もバラバラの8人が、U.N.オーエン氏という謎の人物から招待されインディアン島に集まった。
帰りの船が来るのは翌日以降。
孤島にはU.N.オーエン氏が事前に雇っておいた執事と料理人の夫婦がいるだけ。
何もわからぬまま、夕食を取るため一堂に会した10人に、U.N.オーエン氏の録音音声が聞かされる。
音声の内容は、過去の罪を免れてのうのうと生きている10人への糾弾であった。
各人、いいがかりだと憤るが、10人は全員「10人のインディアン」の歌の内容どおりに殺されてしまう。
確かに個々の事件の加害者という面から見れば、いいがかりっぽい部分もあるのですが、それなりに
「やむなく見殺しにしてしまった」
「不注意が招いた事故」
「意図的に被害者が死ぬようしむけた」
などなど、やり方は違えど世間的に罪を免れて生きてきた10人だったのです。
正義を信じる狂信的な人間によって裁かれるために孤島にあつめられた10人だったのです。
いきなり言い切ってしまいますが、11人目の誰かが孤島に隠れ潜んでいて、10人を次々殺害などというチープな展開では無いです。
犯人は10人の中にいます。
ユー.エヌ.オーエン氏というのは、U.N.Owen→UNKNOWN→「不明な」「未知な」という意味で、つまり存在しない、10人の中にいる真犯人が作り上げた架空の人物です。
真犯人が10人の中にいるのに、なんで10人全員、裁きを受けて死んでしまうのか?
そこがこの小説の最大の読みどころです。
何の予備知識も持たずに読み始めてしまうと、行動力も判断力もありひそかに銃を隠し持っている元陸軍大尉ロンバードと、過去の罪におびえつつも常にこの異常な連続殺人犯が誰なのかを考え続けている若い家庭教師ヴェラのふたりがこの小説のヒーロー&ヒロインかな?と思えます。
で、途中で犯人に気付いてふたりの逆転劇→ハッピーエンドかな?と思うのですが、
十人のインディアンの少年が食事に出かけた
一人がのどをつまらせて、九人になった
九人のインディアンの少年がおそくまで起きていた
一人が寝すごして、八人になった
八人のインディアンの少年がデヴァンを旅していた
一人がそこに残って、七人になった
七人のインディアンの少年が薪を割っていた
一人が自分を真っ二つに割って、六人になった
六人のインディアンの少年が蜂の巣をいたずらしていた
蜂が一人を刺して、五人になった
五人のインディアンの少年が法律に夢中になった
一人が大法院に入って、四人になった
四人のインディアンの少年が海に出かけた
一人が燻製のにしんにのまれ、三人になった
三人のインディアンの少年が動物園を歩いていた
大熊が一人を抱きしめ、二人になった
二人のインディアンの少年が日向に坐った
一人が陽に焼かれて、一人になった
一人のインディアンの少年が後に残された
彼が首をくくり、後には誰もいなくなった
と、
残念ながら本当に全員死んでしまいます。もうアレヨアレヨという間に。
その最後のインディアンは「首をくくり」って書いてあるんだから、9人殺した最後のひとりが自殺したんじゃない?と思われるのはしごくごもっともだと思います。
しかしこのインディアンの歌を読んだだけで犯人がわかるようなイージーな内容であったら、名作として名を残すことは出来ませんよね。
最後に残った一人は10人の中にいた真犯人によって、自殺に追い込まれるわけです。
あと歌の文句に出てくる「燻製のにしん」というのも英語圏で「人の注意をそらすもの」「ごまかし」という意味があるそうですが、だからといって7人目の被害者がじつは・・・みたいなイージーな展開にもなりません。
日本人にはなじみにくいですが英語圏の人にむけてクリスティーさんがはなった
「ここでちょっと考えてみてね。でもわからないでしょうけど。」
という正々堂々としたイジワルです(笑)。
なお、この小説には最後のひとりが自殺して物語が完結してから、解答編というのがオマケのようについております。
真犯人によって事件の詳細が記された手紙入りのボトルが海上を漂ううち付近を航海する船によって発見され、不可能と思われた10人連続殺人の様子が読み手にも明かされます。
真犯人の「このボトルが発見されればそれで自分の自己顕示欲は満たされるし、発見されなくてもそれはそれでいい」という控えめな自己主張です。
おかげで私のような凡人にも事件の全容がわかるのですが・・・
面白いことに、コアなクリスティーファンからすると、この解答編はいらないそうです(えぇっ?)。
むしろ解答編で作品の質を落としているのではないかといった意見もあるほど(ええぇーーっ?)・・・ファン真理は複雑ですね。
クリスティーさんが示した真犯人に異議をとなえ、さらに10人の中から別な犯人を探り出す楽しみ方もあるそうで。
本当にファン真理は複雑です。
知名度が高すぎて、今更な私の紹介記事ではありますが、未見の方なら読んで損は無い小説であると思います。
余談中の余談ですが、あとがきは赤川次郎さんです。
最後の最後に孤島に集められた10人を紹介。
01.遊び好きの青年トニー・マーストン
02.料理人エセル・ロジャース(執事トマスの妻)
03.退役軍人マカーサー将軍
04.執事トマス・ロジャース
05.老婦人エミリー・ブレント
06.元判事ウォーグレイブ
07.医師アームストロング
08.私立探偵ブロア
09.元陸軍大尉フィリップ・ロンバード
10.家庭教師ヴェラ・クレイソーン
何の順番で並んでるの?
という質問はご容赦ください(汗)。私からは、何も言えません・・・
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コメント
あれ? 全員死んじゃうんですか。
小学生の頃?TVで観た洋画では、全員が死んで、最初の方に死んだはずの真犯人が生きていて悦に入っているところに、死んだはずの主役とヒロインが出てくるという逆転劇だったという記憶があるので驚きました。
一般受けしそうな形にラストが変えられていたんでしょうか。
ちょっと読んでみたい気になりました。
投稿: こにしのぶお | 2009年6月23日 (火) 23時37分
こにしさんこんばんは。
ええ、小説版はキッチリ全員死んでしまいます。
映画版は私も小学生くらいのころ、確か日曜洋画劇場で見たような記憶があります。内容について殆ど覚えてないのですが、
>死んだはずの主役とヒロイン
は、おそらくロンバードとヴェラだろうと推測されます。
小説としての面白さと映画としての面白さの違いというところでしょうか?
小説版でそれ(生き返って逆転)をやられると、一気に冷める気がします。
かといって映画館で映像として見ていて最後の謎解きが「手紙入りボトルを拾った船員の朗読」ではアレですし^^;
機会がありましたら、ぜひご一読ください。きっと、ひといきに読めると思います!
投稿: 早瀬五郎 | 2009年6月24日 (水) 18時36分