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2008年12月25日 (木)

ダイヤと嘘と優しいレストランの感想

昨日少しお話しましたように、東野圭吾さんの「流星の絆」を超駆け足で読みました。
事前にドラマを結末まで見ているというのは良い所・悪い所両方有ると思いますが、おかげさまで途中で「ん?」となって前のページに戻って読み直すなんていう確認作業がいらず、サクサク読めて助かりました。

でなければ、1日半くらいでは読めなかったことでしょう。
以下、私の個人的な感想ですので、南仏プロヴァンスの田園風景を眺めるようなおだやかな気持ちで読んでください。

ドラマの方はクドカンさんの脚本で、見ていた当初から
「ああ、随分原作とは離れているんだろうな」
と思っていたのですが、意外と原作に忠実にドラマ作りがされておりました。
特にセリフは結構、そのままドラマに反映されてるようで、読んでいて違和感無く脳内再生できました。

細かな相違点は放っておいて、大きな相違点としては・・・

・小説には尾美さんと中島さんが出てこない

・詐欺のシーンがコメディ調劇中劇ではなく普通

・国広さんと麻生さんが1行くらいで済まされている

・結末が人間賛歌ではない(若干、自主規制)

この4つはデカイっすよ。
ドラマ版を見た人は、「あの詐欺のシーンがふざけすぎていてイヤ」という人がいるかもしれません。
でも、小説版をそのまま読むと、救いが無いんです。
先にドラマを見ていることにより、二宮さんの力の抜け具合とか、錦戸さんの声のトーンの柔らかさが読んでいる最中に混ざり合わされ、救われる部分が多いです。
なにより、詐欺のシーンは劇中劇のように展開するため、悪事を働いてる感をかなり薄めてくれます。

「子供が真似するから楽しそうに悪事を働かないでくれ」

みたいなクレームが実際来るかどうかわかりませんが、そういう本質を見ていない勘違いクレームは放っておきましょう。
あの、アリアケスリーの馬鹿っぽい感じが無いと、このドラマは救われない。いや、あの3人の子供達が救われない。あそこでおふざけが入ることにより、少しだけ見てる側を冷めさせてくれる。そういうのが無いと、あと味悪いですよあの展開は。

一番気になるのは、小説版の結末・・・というか、全編通して、「人間賛歌では無い」ということですねえ。
カテゴリはミステリ小説なのでしょうが、構成自体は人間ドラマだと思うわけです。
思うからこそラストの犯人の行動と、功一君のツメの甘さに納得がいかない。
小説版だけだと、犯人はやけに薄っぺらいです。
まだ戸神父の方が、セリフといい、たたずまいといい、厚みのある描写がなされてます。

そこだけは本当に、ちょっとだけ残念。
純粋なフーダニットのミステリとして読めば、まあ、予想外の犯人なので、良い小説であると思います。
※ミステリのジャンルです
 ・フーダニット:この中の誰が犯人?
 ・ハウダニット:この状況、どうやって成立させたの?
 ・ホワイダニット:なぜ、犯行を犯したの?


だからこそ、もう一歩、犯人はもっと功一君に向き合って欲しかった。
そうしないのであれば、3人の子供に詐欺なんてさせて欲しくなかった。
そう思うのは、私が甘チャンだからかもしれませんが、ドラマ版はその両方を良い方へ引っ張っていて、好感が持てます。

原作はもろ手をあげてオススメはできないですが、良作には違い無いです。機会があれば是非読んでみてください。

あ、小説の方にはウルトラマンコスモスが出てきません。ちょっと残念w

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