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2006年10月15日 (日)

ローリングストーンズ

秋でした。
気が付いてみれば季節は急に秋になっていました。
私の住んでいる市のお祭りは先週すでに終わっており、後は町単位でその町の神社まわりで秋祭りが行われる事になります。

私が今、嫁さんと二人の子供とで住んでいる町は私自身の生まれ育ったふるさとでもあります。
15年ほど前、父が別な町に家を買い、当時独り身だった私も共にその町に移り住んだのですが、私も結婚し、独立のため借家を探していた際、故郷の町に空家を見つけ、住む事にしました。5~6年、間が空く事を除けば、故郷の町には40年近く住んでいることになります。

日曜日にはいつも、実家というには新しい父の居所へ、子供二人を連れて遊びに行きます。
ちょうど今日は、実家のある町は祭りだったので、上の坊っちゃんは祭りに連れて行ってもらったようです。
実家へ至る道すがら車を運転しながら見ていても、「(祭りとして)賑わっているなあ」と感心しました。
過疎の逆、過密化が進んでいると言えるでしょう。

故郷の町は子供の頃は、大きな、大きな商店街でした。
1丁目から13丁目まで、小学校が2つあり、丁ごとに呉服屋、床屋、魚屋、洋品店、駄菓子屋、お好み焼き屋があり、町内の祭りといえど、規模は大きかったです。

私が成人したあたりから、急速に過疎化が進んだような気がします。
呉服屋さんや駄菓子屋さんは、どうやら次の代へ受け継がれなかったようで、徐々に「シャッター通り」になり、空家は取り壊され、駐車場に代わって行きました。
保育園、幼稚園も徐々に減り、2つある小学校も近年、統合されるようです。

嫁さんですら、「私がこっちへ住み始めた頃(8年前)と比べても、さびれ方がハンパじゃない」と言っています。

が、しかし、最近過疎化にも変化が現れてきたようで、

・設計事務所等、小オフィスが建つようになり、
・マンションが建つようになり、

町は「オフィス街」なのか、「ベッドタウン」なのか、良くわからない体裁になりつつあります。

私の原風景にある町はもう存在しないと言って良いかもしれません。
「失われた町」と言ってしまうのは私個人のノスタルジイであり、私の上の世代の方々から見れば、私の子供の頃の景色も異質な物であったかもしれない。

町は変わっていく。
それは人がいるから変わっていくのであって、人が住まなくなった町は、もはや荒野でしかなく、景色が変わる事もないでしょう。
転がっていく岩にはコケが着かないが、転がらない岩は新しい景色を見ることが出来ない。

11月早々には、わが町でも祭りが行われるでしょう。人の少ない寂しい祭りになってしまいましたが、それでも、毎年祭りは行われる。
自分の記憶の中の故郷が失われたと嘆くのではなく、変わっていく事も、自分の故郷の姿なのだと受け入れよう。
そして、私の故郷だった町は、私達夫婦のふたりの子供にとっても故郷なのだという事を、幸福な偶然と考えたい。
ふたりが大きくなった時、町がどのような姿をしているのか、ふたりはどう感じるのだろう?

そんなとりとめも無い事を、実家のある町の賑やかな祭りを見ながら、ぼんやりと考えました。

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ふたり」カテゴリの記事

コメント

子供たちが通う小学校には、5、6年生が参加して演ずる「お囃子」があるんです。
主に運動会などで披露されるのですが、このお囃子のふれこみが『○○小学校伝統の・・・』とうたわれています。
は???? 伝統なんですか?
だって、僕がその小学校に通った頃は、そんな行事は存在しなかったよ。
歴史から取り残されてます。

投稿: 嵐田雷蔵 | 2006年10月15日 (日) 22時45分

嵐田さん今晩は。
運動会開催において何かひとつキャッチーな言い回しが欲しかったのでしょうね、「伝統の・・・」。
意外と3、4回既成事実が出来てしまえば、恒例行事→伝統行事へ昇格しているのかもしれません。
微笑ましくて、いいなあと感じましたよ。
ウチの地方にも欲しいですねえ「小学校に伝わる伝統行事」。

投稿: 早瀬五郎 | 2006年10月16日 (月) 18時04分

歳をとると周りの変化が凄く速く感じます。

ふと、考えてみるとうちは結婚して10年以上・・・
10年以上ということは
小学生に入学した子も高校生になっちゃったよーみたいな

そりゃ色々変わるよねー
と早瀬さんの記事を読んでしみじみしてみる。

投稿: Moonface | 2006年10月16日 (月) 22時14分

Moonfaceさん今晩は。
古き良き時代を伝えていく事は重要なことですが、新しい時代も受け入れていく。
そういう姿勢がないと、どんどん脳みそまで老いていってしまうようなそんな気がします。

賑やかな商店街ではなく、人影まばらなマンションや小オフィスの間をヤブやみこしが練り歩いていく。
そんな姿も有りなのだと思って生きていかないと、みるみるガンコジジイになってしまいそうですからね。
この記事がなんだかよくわからないヨレヨレの記事になっているのは、私自身の心の葛藤を表しているのかもしれません。

投稿: 早瀬五郎 | 2006年10月16日 (月) 23時40分

廻る廻るよ時代は廻る。
喜び悲しみを繰り返し
今日は分かれた旅人達も巡り巡って
歩き出すよ。         
               中島みゆき~時代

世の中も人も変わる、万事不変は無いと言う事なんでしょうねぇ。

でもね、頑固爺も悪く無いと思ってますよ(^^)。

投稿: カモタロー | 2006年10月16日 (月) 23時53分

カモタローさん今晩は。
もちろん判っておりますよ♪
頑固爺といいますか、強い父親でなければ、子供はたちまち何を信じて良いのか判らない迷子になってしまいますからね。
最近は公共の場でもゲンコツで怒る父親があまり見られなくなり残念です。
ヒステリックにクドクド怒っている「子供父親」は、たまに見かけますが。

万事不変は無いながらも、親から子へ伝える「世の常識」という物は変わってほしく無いものですねー。
そういう意味で、この記事は私の中で、大いに葛藤している部分であります。
どこまで考えても納得する答えは出ないかもしれない。でも、考える事を忘れたくは無いのです。
このコメント返事自体がそろそろヨレヨレですので、このへんで(笑)。

投稿: 早瀬五郎 | 2006年10月17日 (火) 01時11分

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