« 飲むという行為がメインなのか? | トップページ | 批判しない。愚痴らない。 »

2006年8月13日 (日)

ふたつの命

自分の子供はかわいい。私はそう思う。そして、最近のニュースを見ると、そう思わない親が意外に多くいることに、かなり驚く。

5年と少し前、嫁さんから「子供が出来みたい」と言われたとき、私はひとつの不安を覚えた。

私は子供好きではない。嫌いというわけでもない。
そこにいる一人の人物という意味では、大人も子供もかわらない。誤解を恐れず言えば、親しくつきあってみないと、好きになれる人物かどうかわからない。
よく子供がよちよち歩いている姿を見て、
「カワイー」
とか、
「癒されるー」
とか言っている人がいる。私には、その感情はよくわからない。

「子供と遊ぶのが好きなんです」
という人がいる。
「本当に?」
と私は思う。
トランプでもオセロでも、子供とやろうが、大人とやろうが、面白さにかわりは無いはず。
(さすがに、全員大人の集まりで「かくれんぼ」とかは、できないとは思うけど)

そんな私に、子供が出来た。嫁さんは子供好きなので、考えもしないだろうが、
私は考えた。いざ生まれてきた自分の子供を見て、
「カワイー」
「癒されるー」

・・・言うのだろうか?そのときは想像もできなかった。
ただ、生まれてくる命は、大事に育てようと漠然と考えた。

そして、坊ちゃんは生まれてきた。
生まれてくるまでに、かなりいろいろあり、分娩台の上に3日もいた嫁さんは少し命ギリギリなところもあった。
それでも、母子ともに無事に生まれてきた。ほんとうにふたりともギリギリだった。

かわいいとか、癒されるとか、そういう話以前に、元気にギャアギャア泣いてる自分の子供をみて、

もらい泣きした。
自分の命より大事なふたつの命がそこにあった。

その日は8月13日、5年前は月曜日だった。

|

« 飲むという行為がメインなのか? | トップページ | 批判しない。愚痴らない。 »

ふたり」カテゴリの記事

コメント

わたしも・・・
子供ってそんなに好きとか嫌いとかなく
早瀬さんと同じような感覚でしたね。

自分自身に子供が出来て感じるところはたくさんあります。

子供には生まれたときから
一人の人間として対等に付き合っています。
まだ、赤ちゃんだからとかそういうことは無しです。

何か話をする時も赤ちゃんに話しかける様にではなく
普通に話しかけるようにしていました。

人によってはまだ赤ちゃんなのにとか、
まだ子供なのに
そこまで言うの?とか大きくなったらわかるようになるから
今言わなくても・・・みたいなことを言う方もいますが

私は、一人の人間として彼と付き合ってますので
毎日、ごまかし無しのガチンコです。

彼に失礼の無いようにオセロもハンデ無しで戦ってます。
今はまだ完全にたたみこめてますが
そのうち互角になるんでしょうね。

そんな感じなのでたまにマジ喧嘩・・・
嫁に
「そこの兄弟、引っ付いてたら喧嘩になるから離れれなさい!」と怒られますが

なぜか、いつも引っ付いてます。

なんだか良く分からない話になってしまいましたが


うちも生まれるまでいろいろありましたので
一人の人間それも自分の子供が生まれてくる
これは
ほんとにグッとくるものがあります。


投稿: Moonface | 2006年8月13日 (日) 23時08分

Moonfaceさん今晩は。コメントありがとー。
深酒してない?

そうなんだよねー。対等じゃないといけないと思うんだよ。
怒るときも、まずちゃんと、理由を聞いて、納得できればそこで終わらせるけど、説明できないときは怒らないとね。
将来本人が困るから。
怒るほうも適当には怒れない。
(子供を叱るという行為が一番心が痛いということを、親になってから知りました)
真剣勝負なんです。

投稿: 早瀬五郎 | 2006年8月13日 (日) 23時48分

>深酒してない?
はーい、大丈夫です。

まだ何言ってもわかんないんだからとか
頭ごなしに叱り付ける親おおいですね。

それがその場をしのぐ一番楽な方法ですからね

正面から子供と向き合うのは大変なことですが
そのほうがお互いに良いかなと思います。

ほんとに親になって知ったことがたくさんありますね。

投稿: Moonface | 2006年8月14日 (月) 00時04分


初めて「子供が出来た」って聞いた時は結構狼狽したカモタローです(笑)。
いや、結婚して半年くらいで楽しい新婚時期でしたし(^^;

エコーとかで子供の影みたいなの見せられても
「恐っ!」としか思えなかったのも実は本音。

初めてこの世に生を受けた彼女を見た第一印象も
「わっ!俺そっくりじゃん!嫁様に怒られるぅー!!」
と、感動というよりやはり狼狽気味でしたね(^^;。

でも、今思えば小さい頃の彼女達と過ごした季節は
周りの空気が黄金色に輝き、時間もゆっくり流れていましたねぇ。

初めて『パパァ』と呼ばれた時の驚きに似た愛おしさも
足にしがみついて「行くなぁ」と泣きじゃくったあの日の朝の感動も
「オカエリー」とパタパタ出迎えてくれた夕方の泣きそうな嬉しさも

毎日々、子供が色々な事を教えてくれました。
そして、自分は『親』と言う大人になっていったんだと思うのです。

子供を持ったから親になれる訳では無く
子供を育てるうちに『親』に成長できるんですね。
親のありがたさ、苦しみもやっと理解できた。

親子は親子だからこそ、ゆっくり時間をかけて愛していけば良いと思うのです。

最近の「親がわが子を!」みたいな事件は
焦りすぎてるんじゃないかなぁ?
急ぎすぎてるんじゃないかなぁ?

事件を聞くたび怒りに似た悲しみが心で渦巻きます。


あぁ、ちょっと人様のブログで感傷的になりすぎてダラダラ書いてしまいました、すいませんですー(^^;。

投稿: カモタロー | 2006年8月15日 (火) 02時00分

カモタローさん今晩は。
「親が子を」「子が親を」
という事件は、ほんとうにやりきれないです。
もっとお互い正面から話し合えないものなのかなぁと、当事者ではないので、各々、複雑な事情があるのかもしれません。
しかし、それでも、少しお互い冷静になって話しあえば防げる事件もあるんじゃないかと・・・

子供が5歳なら親だって親5年生ですからねぇ。
私も足らない部分や反省することばかりです。
でも常に子供の目を見て接していれば、子供はこちらを向いてくれるはずなんです。突然切れる子供にはならない気がする。
そう信じたいんです。

読み応えのある濃いコメントありがとうございます。

投稿: 早瀬五郎 | 2006年8月15日 (火) 20時42分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/138294/3045349

この記事へのトラックバック一覧です: ふたつの命:

« 飲むという行為がメインなのか? | トップページ | 批判しない。愚痴らない。 »